わたしのヒストリー

人生最大の逆風(3) —人生の棚おろし㉝—

 前回、「人生最大の逆風(2)—人生の棚おろし㉜—」では、精神的にジリジリと追い詰められ、ついに退職を申し出た時のことを書きました。

 今回はその続きのお話しです。

 退職を受け入れていただいた私は、残りの日を過ごすことに集中することだけに意識を向けるようになりました。まさにカウントダウンというような状態です。

 2月には次の職場の候補となる病院にも見学に行き、仕事内容を伺って、正式に面接をお願いするところまで行きました。

 少しずつ次に向かって前進し始めましたが、とにかく職場に行くのは相変わらず苦痛で仕方ありませんでした。まさに心身に鞭打って、ただ一日一日をやり過ごしているような状態でした。

 そんな中、2月の中旬に有休を取り、次の職場の面接に行くはずだった日の朝に、事件が起こります。

 次の職場になるところは自宅から近いところにあったので、普段よりゆっくり起床しようと目覚ましをセットしていたのですが、目覚ましが鳴ってベッドから起きようとした時、強烈なめまいに襲われて、まっすぐ立つことも歩くこともできなくなっていたのです。

 娘を学校に送り出すために朝食を作る必要があったので、なんとか起きて歩こうとしましたが、まるで体にひもがついていて、常にそれを引っ張られているかのように傾いてしまい、とにかくまっすく前に進むことができないのです。

 めまいと同時に、強烈な吐き気が襲ってきます。これはただ事ではないと感じ、なんとか母の部屋まで這っていって自分の症状を伝え、娘の朝食を作ってもらうようにお願いしました。

 しばらくベッドで横になっていましたがめまいは収まらず、9時半から面接のアポを取っていましたが、とても伺うことができないと判断、何とか病院に電話を入れて延期していただくことになりました。

 とにかく、人生で初めて味わった強烈なめまいでしたので、救急車を呼ぶべきなのか近所の耳鼻科で間に合うものなのか、いろいろと考えましたが、その日はとにかくめまいが強すぎて身動きが取れず、一日寝て過ごしました。

 翌日になってもめまいは続いていたので、仕事を休んで近所の耳鼻科で診てもらい、薬をもらって飲み始めたところ、少しだけ症状がやわらいできました。

 しかし、とても仕事に行けるような状態にはならず、ちょうど週末になったのでとにかく安静にしてすごし、週が明けてから電車に揺られ、なんとか仕事に行くことに。

 職場でも普通に歩くことができず、仕事もままならず、T部長に状況を報告すると、その日のうちにメンタルクリニックを受診することを勧められます。

 私も、これは自律神経失調状態だと感じていましたし、メンタルクリニックを受診することは症状が出た時から考えていたことでした。ただ、自宅近くのクリニックはどこも初診予約制で、受診することができなかったのです。

 T部長は、今すぐ受診するように、ここで今から受診できるクリニックを探すようにと私に言いました。T部長の見ている前で、私はインターネットで沿線沿いにある今から受診できるメンタルクリニックを探して、何とか新宿に一件見つけることができました。

 するとT部長は私にこう言いました。

 「もう明日から来なくていいから。3月まで休んでも給与は保証してくれるって病院が約束してくれたから、安心して休んで」

 その時の私は体調も悪く、T部長を信じ切っていましたので、その言葉も誰に確認するでもなく鵜呑みにしてしまい、明日から来なくていいなら本当に気持ちが楽になるし、症状も早く引くのではないかとありがたく思いました。そして、T部長の言う通り、翌日から残っていた有休を使い、メンタルクリニックで診断書を取って、休職することにしたのです。

 少し症状が落ち着いてきたころ、仕事を引き継いでいく予定のT部長に連絡を取り、申し送りをするためと荷物をまとめるために病院に行きたいと伝えましたが、申し送りは必要ない、あなたの荷物はまとめてある、看護部長室はすでに整理して休憩室にしたから、というメッセージが届きました。

 私はその時点で嫌な予感がしました。大量の本など私物がたくさんありましたし、PCの中も整理していない状態でしたので、とにかく現状確認と荷物の状態を見るために、一度病院に行ってみることにしたのです。

 すると、まだ私が在籍中であるにもかかわらず、本当に、跡形もなく、看護部長室がなくなっているのを発見しました。その頃は病院に行くのもやっとで、心臓の鼓動も治まらず、やっとの思いで時間をかけてたどり着いた挙句に、自分の場所がなくなってしまっているのを見て、茫然としたのを覚えています。

 ショックで、悲しくて、やりきれない思いでした。退職まで半月くらいでしたので、私物を引き上げようとその準備をしてきましたがそれどころではありませんでした。半分パニックのようになり、そのまま病院の誰にも会うことなく、逃げるように病院を後にしたのです。

 帰りの電車の中で、やり場のない不信感を抱え、押し寄せる裏切られたという思いや悲しみをどうすることもできないまま、私は意を決してT部長にメッセージを送ります。休職中とはいえ、まだ私は在籍している。私物はどうしたのか。部屋はどこへいったのか。そう質問しました。とにかく胸の中がざわざわして、感情を抑えるのに必死でしたが、メッセージの端々におそらくT部長への不信感が出てしまっていたのでしょう。T部長からは、それまで私の味方をしてくれていたとは思えないような、驚くべきメッセージが届くこととなります。

 今回はここまで。続きは次回「人生最大の逆風(4)—人生の棚おろし㉞—」へと続きます。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 

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