フリーランスナースの可能性

フリーランスを志すことになるまでの経緯②

前回は、認定看護管理者の資格を取ったところまでお話ししました。
今回はその続き、教育師長を経て看護部長になるまでのキャリアについて書いていこうと思います。


医療安全、呼吸療法、摂食機能療法の三役をこなしていた頃、ファーストレベルからセカンドレベル、サードレベルまでを2年間で修了し、認定看護管理者となったところで、教育師長のお話をいただくことになりました。

こういうのって本当に縁で、「こういう仕事がしたい」と思ってもタイミングが合わず求人がなかったり、逆に転職を考えていないのにいいお話が来たりするのですが、ちょうどステップアップのための転職を考えていた時にいただいたお話だったので、「身の丈に合うかな・・・」という不安を抱えながらも、教育師長としてある大学グループの病院に就職しました。

医療安全をやっていた頃、医療安全講習会等を自ら企画して講義を行ったり、呼吸療法 や摂食機能療法を広めるための研修を実施したりしていたため、教育というものについてはある程度の知識もノウハウもありましたが、本格的に教育を生業とするのは初めてだったので、新卒看護師から既卒の現任教育に至るまでの様々な情報を集め、とにかくインプットをガツガツやっていたのを覚えています。

インプットしたらすぐにまとめてアウトプットしないと自分の中に定着しないので、外部研修などに出て得た知識は資料を基に自分なりにレポート化し、ファイリングしていくという作業をしていました。そうやって再確認し自分でまとめることと、それをもとに他者に伝えることで、初めて自らの糧となって蓄積していくのです。教育師長として、自分で自分を教育することにも磨きがかかった期間だったかなと思います。

また、このころは大学グループの教育担当者が集まる会議にも出席していたため、グループ病院共通のラダー構築などの際に中心的立場に立たせていただいたり、グループ大学や専門学校に出張して教育システムの説明を行ったりといった経験もさせていただき、非常に有意義な時間を過ごすこととなりました。そういった経験を通し、新人看護師がスムーズに職場適応するためにはどうしたらいいのかということに深い関心が生まれ、大学院の看護教育領域に進むきっかけとなったのです。

しかし、人生というものはなかなかスムーズにはいかないものです。
教育師長としての知見を広げるために看護教育を研究したいと思ったにもかかわらず、グループ内の異動により他の病院で教育以外の仕事をすることになってしまっうという、予想外の展開が待っていました。

大学院を修了するまでの二年間、意に沿わない仕事をしながら、大学院の課題や研究に追われて睡眠時間2,3時間で頑張る日々を過ごしていたところ、とうとう修士課程2年目の夏過ぎに体調を崩してしまい、修士論文に専念するために退職するハメに。

組織において職員はコマではあるけれど、コマにも感情や生活や生きる目的があるわけですから、それにそぐわない人事をすると、簡単にモチベーションを失ってしまうものだということを、その時つくづく思い知りました。その後に看護部長になってからの人事に関するポリシーが、この時に作られたと言っても過言ではありません。
本来看護助手のするべき器械類を洗浄したり、掃除をしたり、物品の補充をしたりという雑用をしながらバタバタと現場仕事をこなしていると、どんどん気持ちが仕事から離れていくのがわかりました。自分が本来やりたい仕事と学んでいることが現状と大きく乖離していることから、目を背け続けることができなくなっていきました。組織の異動は仕方のないことで、今は我慢して修士課程を終えることだけを考えろと自分に言い聞かせながら頑張っていましたが、最後まで自分の居場所ができないまま、組織を去るしかなかったことは、私にとって非常に残念な経験となりました。

最終的に、そのグループで6年間勤務し、修士課程を無事修了しました。そして次の就職先を探していた頃、かつての認定看護管理者サードレベルの同級生だった方と連絡が取れ、その方の退官後に看護部長として就任することが決まり、勤務することとなりました。

看護部長としての経験は約2年間。100床未満の小さな地域密着型の病院でしたから、俗にいう「社長兼小間使い」といった状態で、何でも自分でこなさなければならない環境でしたが、その分自由度は高かった気がします。ただ、小さな病院は大海原に漂う小舟同様、大波が来ると大きく揺れて転覆しそうになってしまいます。平成30年度の診療報酬改定という大波などに翻弄され、私が所属していた病院もそれはそれは大変な経験をしました。

結論から言うと、「私には看護部長は合わない」ということが、2年間の経験でわかったのです。

そして今、組織で看護師として働くという、今まで「あたりまえ」と思っていた価値観までもが、覆されるに至りました。

次回は、組織を離れフリーランスとして働くという在り方について、私が現在考えていることについてお話ししたいと思います。

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