スピリチュアルなおはなし

こどもはみんな神さまの子

 娘が通う公文教室の表彰式に行った時、ちょっと面白い法則を発見しました。

 未就学児から学年順で、表彰される子どもたちが登壇するのですが、年齢の小さい子ほど隣の子との間の距離が近いということがわかったのです。

 未就学児は隣の子にピッタリとくっついて並びます。10人近くいた子どもたちは全員、隣の子と文字通り肩を並べて表彰されていました。
 中には肩が重なるほど隣の子にピッタリくっつく子もいたりして。

 小学校1年生も隣の子との距離が近いのですが、ようやく肩が触れ合うか触れ合わないか程度です。そして小学校2年生になると、少しだけ隣の子との間に隙間が見え始めます。

 こんな風に、学年が上がるごとに少しずつ距離が離れていき、中学生の部に入ると隣との距離がなんと1メートル以上になっていました。

 パーソナルスペースの概念は、こうやって年齢が上がるごとに少しずつ出来上がっていくものだということがわかり、とても興味深かったのを覚えています。

 子どもは生まれてくると、たいていは母親と密着して過ごします。他者に抱かれて世話をされることが当たり前なので、他者と自分との境界がない状態です。だからおむつを替えられてもなんとも思わないし、裸でプールに入ることも厭いません。

 それが、徐々に個が確立してくるにつれ、他者との境界が少しずつ明確になってきます。おそらく小学校に上がってから、自分と他人の区別がつくようになってくるのでしょう。男子と女子に分かれてケンカをしたり、誰かに裸を見られることを恥ずかしいと認識し始めるのも、小学校中学年くらいからです。

 中学生にもなると、もう大人と同じように個が確立していますから、パーソナルスペースは個人差はあれど広くなっていきます。隣の人とは遠ければ遠いほどいいわけです。もちろん、親しい人となら近くにいたいと思うのでしょうが、相手が知らない人だったり、フォーマルな場面だったりすると、しっかりとパーソナルスペースを取りたいと思うのでしょう。

 しかし、大人になるにつれて個の区別ができるようになるだけでなく、自分の魂の声が聞こえなくなってくるのではないかということに、ふと先日気づいたのです。

 大人になると、頭で考えることが増えます。頭で考えてばかりいることで、徐々に魂の声を聴くことを忘れてしまいます。小さな子どもはやりたいことをやろうとするし、それが他者にどんな影響を与えるかなんて考えることはありません。ほかの子が遊んでいたおもちゃに手を伸ばし取ってしまうのも魂の声に従った結果だし、他者と自分との区別がついていない状態だからこそ、「このおもちゃを取ったらどう思われるかな」などと考えないのです。

 心の声に従って行動したり、泣いたり笑ったりする子どもたちをみて、私たちは微笑ましいと感じます。魂の行きたい方向へ行く子どもたちはそれだけで幸せですし、周囲にいる大人たちも子どもから幸せの波動を感じるのです。このように、まだ個が確立していない他者と融合した状態で、魂の導くままに行動することは、自分も居心地がいいですし、周りにも良い影響を与えるのだということができるのです。

 そしてもう一つ。

 子どもはよく、大人の見えないものが見えたり感じないものを感じたりすることができると言われていますよね。赤ちゃんが天井の隅を見つめて笑っていたり、いるはずのない誰かと遊んだと言ったりするのを不思議に思い、幽霊と話してるんじゃないかと怖くなったりしたことがありますが、あれはきっと幽霊なんかではなく、神さまとか精霊とか、そういった存在とコミュニケーションを取っているのではないかと思うのです。

 ニール・ドナルド・ウォルシュの『神との対話』の中に、こんな表現が出てきます。魂は体を包むものであり、周囲にいる他者の魂と融合している状態である。本来魂とはたった一つの存在であり、神に似せて作った人間という魂の乗り物に、たった一つの魂を分けたものであると。人類みな兄弟という言葉がありますが、この表現に照らし合わせて考えれば、兄弟どころか全員が家族であるということもできます。

 この本は、ウォルシュの体を使って神が話す言葉を自動筆記し、ウォルシュ本人と対話する形式で書かれているとても興味深いものなのですが、その神の言葉として魂の形や在り方が詳細に説明されています。なるほど、そう考えるといろいろなことが腑に落ちると思うことがたくさん書かれているので、ご興味のある方はぜひご一読をお勧めします。

 大人は頭で考え、他者との距離を測るものです。でも子供は考えることをしません。魂が本当は融合していることを知っているので、ほかの子たちと密着することに違和感を覚えるどころか、安心して他者の近くにいることができるのでしょう。だから不安や心配事もありません。いつも心のままにいることができるから、神さまのような目に見えない存在を身近に感じることができるのだと思います。

 すべての子どもは神さまの子。かつて神さまの近くにいられた私たちは、今はこれまで受けてきた教育と自分の意思のせいで神さまを遠ざけてしまっています。これはとても残念なことです。

 子どものような素直な心で、自分自身と向き合ってみると、昔のように神さまからのお導きが受けられるようになると、私は思います。
 神社でお願い事をする時のような純粋な気持ちで、自分の本当にやりたいことは何なのかを考えてみると、きっと神さまは教えてくれるはずです。

 なぜなら、神は遠くにいるのではなく、いつも私たちのそばにいるのですから。

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