わたしのヒストリー

教育師長としての転職 -人生の棚おろし㉘-

 前回、「女手一つで家を建てる -人生の棚おろし㉗-」では、地元に戻ってきて母と娘と三人で同居するために家を建てたときのことを書きました。

 今回は、引っ越しに伴い転職した時のお話です。

 認定看護管理者として看護部の管理業務に携わるようになった私は、引き続きこの方向性のキャリアを進んでいく決意ができていました。

 八王子に住んでいた頃と、下町である地元に引っ越してからでは、やはり通勤に時間がかかること、病院の経営層が変化してきて、居心地が悪くなったことなどが理由で、職場を変えることにしたのです。

 シングルマザーが、いくら母と同居し始め娘の面倒を見てもらえるようになったからといっても、保育園に通う娘が目覚めるよりよっぽど早い6時半に家を出て、電車を乗り継いで片道約2時間かけて通勤するというのは、果たしてどうなのだろうと思っていましたし、残業したら家に帰り着くのが午後9時半ごろという状況で、娘と過ごす時間が取れないことはもちろん、自分の心身の負担が大きくなってきたというのが主な転職理由です。

 幸い、縁があって自宅から通勤圏内に教育師長のポストを探している某大学系列のグループ病院があると紹介され、そちらに面接に伺ったところ、とんとん拍子に話が進み、就職が決まったのでした。

 教育師長というポストは、私にとってまさにうってつけの仕事でした。

 認定看護管理者の資格を取って、看護管理の道を行くことを決心したところだったというのもあります。また、それまでは医療安全管理や呼吸療法などといった、院内全体の活動を中心にやってきて、その中で教育的立場に立つことが増えていたため、教育について興味が湧き始めたというのもあります。ですから、まさに教育師長という立場は、その時の私の進むべき道、ニーズを満たしていたのです。

 院内の教育に関する活動はもちろん、グループ病院全体の教育システム構築にも関与させていただいたことから、とても実りのある日々を過ごすことができました。その活動の中で出会った方々には、本当に感謝しかありません。

 新人看護師がたくさん入職するけれど、個別性が大きいため職場適応が難しいケースにもたくさん出会いました。ほとんどの新人看護師が苦労しながら泣きながらでも適応できるなかで、就職して1年以内に離職してしまう新人看護師も何人かいました。心身が疲弊して、もう続けられないというところまで追いつめられてしまったり、そこまでいかなくても、日々の仕事の中で乗り越えられない出来事に遭遇したりして、壁にぶち当たり立ち止まってしまうスタッフも何人もいました。

 看護部に泣きながら駆け込んでくる看護師、声をかけると投げやりな態度で無視する卒後3年目ナース、個人面談の時にただぽろぽろと涙を流すナース・・・。

 そんな辛い状況でも患者のためチームのために頑張っている彼らのサポートをしているうちに、メンタルマネジメントの必要性をひしひしと感じ、専門的に学びたいと考えるようになりました。

 そこで私は、産業カウンセラーの資格が取れる通信大学に編入することにしたのです。

 心理学を学びなおし、カウンセリングの基礎を習得して、大学卒業の資格とともに、産業カウンセラー認定試験を受験する資格を、2年間で得ることになりました。もともと学ぶことが好きだったこともありますが、この時は教育師長という自分のポストと今後の活動において、必要だと感じたための選択でした。

 大学に編入するというのは、私にとってとても刺激的なことでした。特にその大学は通信制なこともあり、学びを深めたい社会人が色々な分野からやってきていましたので、医療や看護の世界しか知らない私にとっては、とてもインパクトのある経験でした。自分の世界で常識だと思っていることがほかの世界では通じなかったり、その逆もあったり。異業種とグループワークを行うことがこれほど興味深いものかと実感したのがこの頃でした。

 2年間在籍し、単位を落とすことなく、無事に産業カウンセラー認定試験の受験資格を満たして修了証書を得ることができました。

 そこで学んだ理論(特にリーダーシップや論理的思考といった単元)は、リーダー層や主任たちの教育に大きく役立ちました。心理学の一つ一つの単元も、対象を理解するために非常に有用だったと感じています。

 教育的視点に心理学やカウンセリングの視点が加わることで、視野が大きく開けたように感じたのを覚えています。そしてさらに教育が楽しくなり、もっともっと学びたい、新人看護師がもっとスムーズに臨床現場に適応できるようにするにはどうしたらいいのか知りたい、そういう思いを抱くようになりました。

 実はグループには大学院が併設されていて、職員は奨学金を受けることができるシステムがありました。所定の勤務年数をクリアすれば返済の義務はなくなるというもので、私はしばらくここで教育についてもっと学びたいとか、グループのために貢献したいという気持ちがあったので、奨学金を受けて大学院に進学することを決意したのです。

 奨学金の申請をして、大学院を受験して合格し、さて具体的にどういう手続きを取ったらいいのかと確認しながら進めている時に、大事件が起こります。

 私に異動の命令が下りたのです。

 しかも、教育師長の立場でなく、副部長などへの昇任でもなく、主任に降格の上の異動でした。

 私は教育を学ぶために大学院に進むと伝えてあったはずなのに、合格して手続きをした途端に梯子を外されたような感じで、本当に愕然としましたし、茫然としました。

 以前、ある看護部長にパワハラを受けて大変だったという記事を書きましたが、(「パワハラを乗り越えたこと -人生の棚おろし㉔-」)、その時に匹敵するキャリア上の大ピンチを迎えてしまったのです。

 給料は年間50万くらい下がる上に、大学院の学費もかかります(奨学金は半額しか出してもらえないため、年間50万自腹で払うことになっていました)ので、合計100万円収入が減るということになります。師長とはいえ、もともとさほど高い給料ではなかったので、非常に強烈なダメージを受けたものでした。

 また、主任に降格になり配属された病院がある有名病院だったのですが、そこの人間関係や仕事内容に全く馴染むことができず、自分の居場所ではないと感じながら仕事をしていたことは本当に辛い出来事でした。スキルアップのために大学院に進んだのに、モチベーションも上がらないスキルとは関係のない一スタッフとしての外来業務を、限られた職員の中で黙々とこなし、文字通りこまねずみのように働き続け、ヘトヘトになってから大学院に通い、毎日1,2時間の睡眠で課題をやっつけるということを続けていたところ、1年半が経過した時点でついに体を壊しました。このままでは修士課程を修了することができないという危機感を感じ、教育師長として過ごした病院に4年半、異動となった病院で1年半、トータル6年間をその法人で過ごしたのちに、自分から退職することを決めました。

 こうやって振り返ると、順調にステップアップしてきたかと思いきや実はそうでもなかったな、いろいろな壁が立ちふさがっていたなと感じます。今思うと、よくもまぁこんないばらの道を、たいした疑問もないまま歩いてきたものです(笑)。

 そうはいっても、あらゆる経験はマイナスになることはないという私の座右の銘の通り、移動先の病院に馴染めず過ごした中でも、楽しいことや実りのあることはいくつかありました。

 次回、「大学院と仕事の両立 -人生の棚おろし㉙-」ではそのことと、大学院修士課程に進学してからの学びについて書いています。

 最後までお読みくださり、ありがとうございました♪

 

 

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